問い合わせ対応にAIを入れたいと考えたとき、いちばん気がかりなのは誤った回答が顧客へ届くことではないでしょうか。カスタマーサポートAIエージェントとは、届いた問い合わせを記録から読み解いて一次回答を返し、答えられない依頼を自分で人へ渡す仕組みのことです。Agentforceのような製品を選ぶより先に決まるのは、どこで人へ渡すかという線のほうだと考えます。
そこで本記事では、チャットボットとの違いから、人へ渡す4つの線引き、問い合わせを分ける4つの型、顧客に出す前の確認、そして立ち上げの90日までを解説します。製品の機能ではなく、任せる範囲の決め方として整理していますので、自社の窓口に重ねながら読んでみてください。なお、費用の目安は変わりやすいため、本記事は2026年9月時点で確認できた情報にもとづいています。
カスタマーサポートAIエージェントとチャットボットの3つの違い
産業用洗浄機の製造と販売を手がける企業は、従業員260名で、そのうちカスタマーサポートが11名、情報システムの担当が2名という編成でSalesforceを運用してきました。この企業は説明のための架空の設定であり、実在の企業ではありません。代理店と直販の顧客から届く問い合わせは月900件あり、当初の目的は「夜間と休日に届く問い合わせに、翌営業日を待たずに一次回答を返せる状態にすること」でした。そこでここでは、この会社の状況をもとに、チャットボットとの3つの違いを整理します。
違い①決められた分岐をたどらず、記録を読んで答えを組み立てる
1つ目の違いは答えの作り方にあり、チャットボットはあらかじめ用意した分岐をたどる仕組みのため、想定した質問から外れると止まります。AIエージェントは顧客の文面を読み、参照できる記録から答えを組み立てるため、言い回しが違っても同じ内容の質問として扱えます。
この産業用洗浄機の会社では、同じ「フィルターの交換時期」を尋ねる問い合わせが、機種名で書かれる場合と型番で書かれる場合に分かれていました。分岐の形で作っていた時期は、型番で来た問い合わせが該当なしで止まっています。記録を読む形にしたことで、どちらの書き方でも同じ回答へたどり着くようになりました。
チャットボットとAIエージェントの差は賢さの差ではありません。想定外の言い回しが来たときに止まるか、記録をたどって答えを作るかの差です。
違い②答えられない依頼を、自分で人へ渡せる
2つ目は答えられないと判断したときの動きで、分岐の形では、該当が無いときに「お問い合わせフォームへ」と案内して終わります。AIエージェントは条件に当たった時点で担当者へ引き継ぐ形を組めるため、顧客から見ると窓口が1つのまま続きます。
先ほどの会社では、契約内容にかかわる質問が届いたときに担当者へ渡す形にしており、顧客は同じ画面で待つだけで、案内先を探し直す手間がありません。引き継ぐ仕組みそのものは製品側に用意されており、詳しい設計は顧客対応のエージェントの記事で扱っています。
逆に、渡せない仕組みのままでは、任せられる範囲は一次回答までにとどまります。
違い③やり取りが記録として残り、後から直せる
3つ目はやり取りが後から読める形で残ることで、どの問い合わせにどう答えたかが並ぶため、外れた回答を集めて共通点を探せます。分岐の形では、分岐のどこで止まったかしか残りません。
この会社の担当者は、運用の初月に外れた回答を読み返し、参照している記録の側に不足があることに気づきました。回答の書き方を直すのではなく、参照先の文書を足す判断ができたのは、やり取りが残っていたからです。
これが、チャットボットとの3つの違いでした。いずれも、想定外が来たときにどう振る舞うかという1点から生まれています。
どこで人へ渡す?最初に決める4つの線引き
前章では、チャットボットとの違いを3つ整理しましたが、ここからが本記事の中心になります。任せる範囲を先に決めようとすると議論が終わりませんが、渡す条件から決めると範囲は自動的に決まるためです。ツール設定ではなく業務設計から入ってほしい場合も、最初に取りかかるのはこの工程になります。そこでここでは、人へ渡す4つの線引きを解説します。
線引き①金額と契約にかかわる依頼は渡す
1つ目は「金額と契約にかかわる依頼は渡す」です。価格・値引き・契約期間にかかわる回答は誤ったときに取り消せず、取り消せない処理は、精度がどれだけ上がっても人が持ちます。
この産業用洗浄機の会社では、保守契約の更新時期を尋ねる問い合わせは記録を見れば答えられる一方、更新時の金額に触れる質問は担当者へ渡す形にしました。同じ「契約」という言葉が入っていても、記録を読めば済むものと、条件の交渉になるものは別だからです。
判断の分かれ目は、答えた内容が後から取り消せるかどうかにあります。
線引き②同じ顧客から2回目の連絡が来たら渡す
2つ目は同じ顧客が短い間に2回連絡してきた場合で、1回目の回答で解決していないという合図にあたり、同じ仕組みで3回目を返しても解決しません。
先ほどの会社は、24時間以内に同じ顧客から連絡が来た場合を渡す条件に入れました。この条件を入れる前は、同じ顧客が3回続けて一次回答を受け取る例が出ており、件数としては多くありませんが、顧客から見れば同じ答えが繰り返される状態でした。
2回目という条件は、内容を読まなくても機械が判定できます。
線引き③記録に無い前提が要る依頼は渡す
3つ目は、答えるために記録へ書かれていない事情が要る場合です。過去の経緯や、現場での取り決めは記録に残っていないことが多く、そこを埋めようとすると推測になります。
この会社では、特定の代理店とだけ合意している納品の条件があり、この合意は担当者の頭の中にあってSalesforceのどこにも入っていません。そのため、その代理店からの納期に関する問い合わせは、内容にかかわらず担当者へ渡す設定にしています。
記録に無い前提が要る依頼は精度を上げても答えられないため、渡す条件に入れるのが確実です。
線引き④相手が不満を示したら渡す
4つ目は文面から不満が読み取れる場合で、急いでいる、困っている、前回の対応に納得していないといった状態では、正しい情報を返すことより、人が受け止めることのほうが先になります。
この産業用洗浄機の会社は、催促や苦情に当たる語が含まれる問い合わせを担当者へ渡す形にしており、判定を厳しくして渡しすぎるほうが、渡し損ねるより安全だという判断です。一任と承認の線引きの考え方は、人が承認する場面の側で整理しています。
これが、人へ渡す4つの線引きでした。4つとも、回答の精度とは別のところで決まっています。
問い合わせを4つの型に分けて考える
前章で人へ渡す条件を4つ決めましたが、渡す条件が決まると、残った依頼をどう扱うかが次の問いになります。届く問い合わせをひとまとめに見ていると、任せられる部分まで人が抱えたままになるためです。そこでここでは、問い合わせを4つの型に分けて考える方法を解説します。
型①答えが1つに決まる(仕様・営業時間・手続き)
1つ目の型は誰が答えても同じ内容になる問い合わせで、製品の仕様、受付の時間、手続きの流れなど、公開している情報を返せば済む依頼がここに入ります。参照する先が固定されているため、任せやすさがいちばん高い型にあたります。
この産業用洗浄機の会社では、月900件のうち380件がこの型でした。フィルターの交換周期、対応している電源の種類、修理を申し込む手順といった内容で、答えの根拠はすべて製品資料の中にあります。
型①は、回答まで任せても取り消せない事態が起きにくい範囲です。
型②記録を見れば決まる(納期・在庫・履歴)
2つ目は、顧客ごとの記録を見れば答えが決まる問い合わせです。答えは顧客によって変わりますが、どこを見るかは決まっており、参照する記録が最新かどうかが精度を左右します。
先ほどの会社では300件がこの型で、注文した部品の入荷予定や、過去の点検の実施日を尋ねる内容が中心でした。記録が最新であれば正しく返りますが、入荷予定が更新されていない期間は、古い日付をそのまま返してしまいます。
型②を任せるかどうかは、参照させる記録の整え方が追いついているかで決まります。
型③判断が要る(例外対応・特別な条件)
3つ目は答えを出すために判断が入る問い合わせで、通常と違う条件での対応可否や例外的な依頼がここに入り、判断の基準が担当者ごとに違うため、渡す前提で扱います。
この会社では150件がこの型で、標準の保守範囲に含まれない部品の交換を頼まれる、といった内容です。受け付けたことだけを機械が返し、内容の回答は担当者が行う形にしています。
型④気持ちが動いている(苦情・催促)
4つ目は内容よりも受け止め方が問われる問い合わせで、件数としては最も少ない一方、対応を誤ったときの影響がいちばん大きい型になります。
この産業用洗浄機の会社では70件がこの型で、月900件のうち1割弱にあたります。この型は線引き④で担当者へ渡る設定になっており、機械が文面を返すことはありません。
問い合わせを4つの型に分けると、渡す条件と型ごとの範囲という二重の歯止めがかかります。
これが、問い合わせを分ける4つの型でした。
型ごとに任せてよい範囲の決め方3つ
前章で届く問い合わせを4つの型に分けましたが、次に決めるのは、型ごとにどこまで任せるかです。同じ「任せる」でも、回答まで出すのか、下書きを作るだけかで、必要な確認がまったく変わります。そこでここでは、型ごとに任せてよい範囲の決め方を3つに整理します。
| 型 | 任せる範囲 | 人がやること |
|---|---|---|
| ①答えが1つ | 回答まで | 出典が付いているか見る |
| ②記録を見る | 下書きまで | 送信を押す |
| ③判断が要る | 受付だけ | 内容を書いて返す |
| ④気持ちが動く | 受付だけ | すべて人が対応する |
範囲①型①は回答まで任せ、出典の記載を必須にする
1つ目は、型①を回答まで任せる代わりに、根拠にした資料の名前を必ず添えさせる形です。出典が付いていれば、顧客が自分で確かめられ、担当者も後から検証できます。
この会社では、回答の末尾に参照した製品資料の名称と版を入れる形にしており、資料の版が古い場合は、顧客からの指摘で気づけます。出典を付けない形にしていれば、どの資料を見て答えたのかを追えませんでした。
出典を付ける形は、精度を上げる工夫ではなく、間違いに気づく仕組みにあたります。
範囲②型②は下書きまで任せ、送信は人が押す
2つ目は型②を下書きまでにとどめる形で、記録が最新でない可能性が残るため、送る前に担当者が1回見ます。読む時間は数十秒で済み、ゼロから書く時間とは比べものになりません。
先ほどの会社は、入荷予定を返す回答を下書きとして担当者の画面へ出す形にしました。担当者は日付が更新されているかだけを見て送信しており、この形にしてから、古い日付を送った例は出ていません。
範囲③型③・型④は受付だけ任せて、内容には触れさせない
3つ目は、判断や感情がかかわる型では、受け付けたことだけを返す形です。「承りました、担当者から折り返します」までを機械が返し、内容には触れません。
この産業用洗浄機の会社では、型③と型④の合計220件がこの扱いです。夜間に届いた場合でも受付の返信だけは即座に返るため、顧客は届いたかどうかを心配せずに済みます。
任せる範囲は、回答まで・下書きまで・受付だけの3段階で分けると、確認の重さも型ごとに決まります。
これが、型ごとに任せてよい範囲の決め方3つでした。
顧客に出す前に必ず通す3つの確認
前章では型ごとの範囲を決めましたが、範囲を決めても、出てくる文面そのものは毎回変わります。自社で構築するので設計レビュー・アドバイザリーだけ頼みたい場合も、この確認の形だけは先に決めておく必要があります。そこでここでは、顧客に出す前に必ず通す3つの確認を解説します。
確認①言い切っていないか
1つ目は、記録から読み取れる以上のことを断定していないかです。「できます」「問題ありません」と言い切る文面は、条件が違ったときに取り消せません。
この会社では、回答の中に断定の表現が入った場合を検出して担当者へ回す形にしました。運用の初月に検出されたのは週22件で、そのうち半数近くが「対応可能です」という一文でした。
言い切りの検出は、内容の正しさとは別に機械で見られます。
確認②記録に無いことを足していないか
2つ目は、参照した記録に書かれていない情報が回答へ紛れていないかです。文章としてなめらかにするために補われた一文が、事実として読まれてしまいます。
先ほどの会社では、部品の在庫を返す回答に「近日中に入荷予定です」という一文が付いたことがありました。記録には入荷予定が入っておらず根拠のない一文でしたが、出典を付ける形にしていたため、資料に無い記述として担当者が気づいています。
まとめて検証する方法はまとめて検証する仕組みの側で整理しています。
確認③断りの言葉になっていないか
3つ目は、答えられない場合の文面が、断りとして読まれていないかです。「対応しておりません」で終わる回答は、次にどうすればよいかが分かりません。
この産業用洗浄機の会社は、答えられない場合の文面を「担当者から折り返します」に統一しました。顧客から見れば、断られたのではなく引き継がれたことが分かり、文面を1つに固定したため、書き方が揺れることもありません。
顧客に出す前の確認は、回答が正しいかどうかより、言い切っていないか・足していないか・断りになっていないかの3点で見ます。
質が落ちる?先に起きる3つの変化
前章では出す前の確認を3つ決めましたが、ここからは運用に入った後の話になります。応対の質が落ちるときは、顧客からの指摘より先に社内の数字が動くため、その動きを知っておくと早く手を打てます。そこでここでは、応対品質が下がるときに先に起きる3つの変化を解説します。
変化①人へ渡る件数が減っているのに、再問い合わせが増える
最初の変化は、担当者へ渡る件数が減る一方で、同じ顧客からの連絡が増える状態です。渡る件数だけを見ていると改善に見えますが、実際には渡すべき依頼を機械が抱え込んでいます。
この産業用洗浄機の会社では、運用の途中で渡る件数が下がった週がありました。同じ週に再問い合わせが増えており、担当者が中身を読んだところ、契約にかかわる質問を機械が一般的な説明で返しており、渡す条件の判定が言い回しの変化で外れていたことが分かっています。
渡る件数は、少ないほどよい数字ではありません。
変化②回答の長さがそろわなくなる
2つ目は返す文面の長さが安定しなくなることで、参照する記録が増えたり、質問の型が広がったりすると、答えが長くなったり極端に短くなったりします。
先ほどの会社では、参照する製品資料を追加した週に、回答の長さが倍近くになった型がありました。内容は誤っていないものの顧客が読む量は増えており、参照先を足すときは、長さも一緒に見る必要があったのです。
長さの変化は、内容を読まなくても集計できます。
変化③担当者が回答を全文書き直すようになる
3つ目は下書きを受け取った担当者が、一部を直すのではなく全文を書き直し始めることで、この状態になると、下書きを作る意味が無くなります。
この会社では、担当者が回答を直した件数を毎週数えており、運用の初月は多くが一文を削る程度の修正でした。全文の書き直しが増えた場合は、参照先か型の分け方に問題があると判断する形にしました。呼ばれ方の記録をどう集めるかは、呼ばれ方を記録する仕組みの側で扱っています。
これが、応対品質が下がるときに先に起きる3つの変化でした。3つとも、顧客からの指摘が届く前に社内の数字として見えます。
24時間の対応へ広げる前に決める4つのこと
前章では質が落ちるときの兆候を3つ挙げましたが、ここで多くの会社が次に検討するのが夜間と休日への拡大で、一次回答が返るようになると、時間帯を広げたくなります。ただし夜間は人が受けられないため、決めておくことが増えます。そこでここでは、24時間の対応へ広げる前に決める4つのことを解説します。
決めごと①夜間に渡す先をどこにするか
最初に決めるのは、夜間に渡す条件へ当たった依頼をどこへ置くかです。担当者がいない時間帯では渡した先で止まるため、翌営業日の朝に誰が見るのかまで決めておきます。
この産業用洗浄機の会社では、夜間と休日に届く問い合わせが月210件ありました。渡す条件に当たった依頼は翌営業日の担当者の一覧へ入る形にし、朝いちばんに確認する手順を決めています。翌営業日の午前が対応で埋まっていた状態は、この整理で変わりました。
渡す先を決めずに時間帯だけ広げると、朝に未処理が積み上がります。
決めごと②翌営業日に回してよい依頼の条件
2つ目は、その場で返さずに翌営業日へ回してよい依頼の条件です。すべてに即答する必要はなく、急がない依頼を翌日へ回すほうが、確認の質は上がります。
先ほどの会社は、見積の依頼と、契約内容の確認を翌営業日へ回す形にしており、顧客には受付の返信だけが即座に返り、内容の回答は翌日になります。急ぎかどうかは顧客が判断できるため、急ぎの場合の連絡先も同じ返信に添えました。
即答と翌日回しの線は、内容の重さより急ぎかどうかで引きます。
決めごと③止めるときの判断を誰がするか
3つ目は、想定と違う回答が続いたときに止める判断を誰がするかです。夜間は担当者がいないため、止める権限を持つ人と、その人へ連絡が届く経路を先に決めておきます。
この会社では、カスタマーサポートの責任者が止める判断を持ち、情報システムの担当2名のどちらかが設定を切り替える形にしました。深夜でも、責任者の判断があれば30分以内に止められる状態にしてあります。
止める判断は、始める前に決めておくものです。
決めごと④止めた場合に顧客へ何と伝えるか
4つ目は止めたときに顧客へ返す文面で、何も返らない状態が最も避けたい形なので、止めた場合でも受付だけは返る仕組みにしておきます。
この産業用洗浄機の会社は、止めた場合に「翌営業日に担当者から折り返します」とだけ返す形を用意しました。文面を先に作っておいたため、実際に止めた夜も、顧客から見える動きは受付の返信が来ることだけです。
24時間の対応へ広げてよいかは、返せる範囲ではなく、止めたときに何が返るかを決められているかで判断します。
一次対応を任せる得失|得るものと失うもの
前章では時間帯を広げる前の決めごとを4つ挙げましたが、ここで一度、任せることで何が変わるのかを両面から見ておきます。得られるものだけを見て進めると、後から失ったものに気づくことになるためです。そこでここでは、一次対応を任せて得られるものと失うものを整理します。
得るもの①待ち時間が短くなる
1つ目に得られるのは、顧客が最初の返信を受け取るまでの時間です。営業時間外に届いた問い合わせでも受付の返信が返るため、届いたかどうかを心配する時間が無くなります。
この産業用洗浄機の会社では、夜間と休日の210件が翌営業日まで無応答でした。受付の返信だけでも即座に返る形にしたことで、顧客が問い合わせ先を変えて重ねて連絡してくる例が減っています。
得るもの②担当者が判断の要る依頼に時間を使える
2つ目は担当者の時間の使い道が変わることで、型①と型②で680件が一次回答か下書きまで進むため、11名の担当者は判断の要る依頼へ時間を回せます。
先ほどの会社では、翌営業日の午前が夜間ぶんの対応で埋まっていました。この時間が空いたことで、型③にあたる例外対応へ午前中から着手できるようになっています。
失うもの①顧客の言い回しから拾っていた情報が減る
一方で失うものもあり、1つ目は、担当者が問い合わせの文面から読み取っていた情報です。急いでいる様子や、前回の対応への不満は、定型の処理を通すと平準化されます。
この会社では、型④に当たる問い合わせを担当者へ渡す条件を入れることで、この損失を抑える形にしました。それでも、型①として処理された中に、実は困っている顧客が混ざる可能性は残ります。渡す条件を定期的に見直しているのは、この見落としを減らすためです。
失うもの②新人が学ぶ機会が減る
2つ目は、新しく入った担当者が基本的な問い合わせで練習する機会です。型①と型②が機械へ回ることで、新人は最初から判断の要る依頼を担当することになります。
この産業用洗浄機の会社では、新人が最初の1か月に型①の回答を読む時間を設けました。自分で答えるのではなく、機械が返した回答と参照した資料を読む形で、答える練習の代わりに、根拠をたどる練習に置き換えています。
これが、一次対応を任せて得られるものと失うものでした。失う側にも手当てをしておくと、任せる範囲を広げやすくなります。
何を決める?立ち上げの90日の3つの区切り
前章では得られるものと失うものを両面から見ましたが、ここからは実際の進め方に入ります。小さく始めたい場合は、型を1つずつ足しながら3か月で形にするのが現実的な速さです。そこでここでは、立ち上げの90日で決める3つの区切りを解説します。
区切り①0〜30日|型①だけを任せて、渡す条件を確かめる
最初の30日は型①だけを対象にし、答えが1つに決まる問い合わせに絞ることで、外れた回答の原因が参照先か文面かのどちらかに限られ、原因を追いやすくなります。
この産業用洗浄機の会社では、380件ある型①のうち、製品資料に根拠がある問い合わせだけを対象にし、30日目の時点で、人へ渡らずに終わった割合は34%です。全体の4割弱にとどまりますが、この期間の目的は割合を上げることではなく、渡す条件が正しく働くかを見ることにありました。
最初の30日で見るのは、渡すべき依頼が正しく渡っているかどうかです。
区切り②31〜60日|型②を足して、記録の不足を洗い出す
次の30日で型②を足すと、顧客ごとの記録を参照するため、この期間に記録の不足が一気に見えてきます。回答の精度を上げる作業より、記録を整える作業のほうが多くなる期間です。
先ほどの会社では、入荷予定の更新が週に1回しか行われていないことが、この期間に分かりました。回答の書き方をどう直しても参照する記録が古ければ正しくならないため、更新の頻度を上げる運用を先に決めています。
型②を足す期間は、記録の整備期間だと考えておくと計画が合います。
区切り③61〜90日|渡す条件を数字で見直す
最後の30日は渡す条件を数字で見直す期間で、60日ぶんの記録がたまっており、どの条件が効いていて、どの条件が空振りしているかを件数で判断できます。
この会社では、90日目に人へ渡らずに終わった割合が61%になりました。担当者が回答を直した件数は週22件から週6件へ、再問い合わせは週18件から週7件へ変わっています。当初の目的は「夜間と休日に届く問い合わせに、翌営業日を待たずに一次回答を返せる状態にすること」でしたが、90日で目的の状態に届きました。
これが、立ち上げの90日で決める3つの区切りでした。90日を型ごとに区切ると、外れた回答の原因が期間ごとに1つへ絞られます。
有人チャットとの併用の3つのパターン
前章では90日の進め方を3つの区切りで見ましたが、実際の窓口では、人が対応する経路と併存させる形が多くなります。どう併存させるかで、顧客の体験も担当者の負担も変わります。そこでここでは、有人チャットとの併用の3つのパターンを解説します。
パターン①先にAIが受けて、条件で人へ渡す
1つ目は、すべての問い合わせをまずAIエージェントが受け、渡す条件に当たったものだけを人へ回す形で、顧客から見て窓口が1つで済み、いちばん自然な形になります。
この産業用洗浄機の会社はこの形を採っており、月900件のすべてがまず機械へ届き、条件に当たった依頼が担当者の一覧へ入ります。顧客は宛先を選ぶ必要がなく、担当者は渡ってきた依頼だけを見ます。
窓口を1つに保てるかどうかは、顧客の手間に直結します。
パターン②時間帯で分ける
2つ目は、営業時間内は人が受け、時間外だけ機械が受ける形です。すでに有人の体制が整っている場合に採りやすく、日中の応対品質を変えずに時間帯だけ広げられます。
先ほどの会社もこの形を検討しましたが、日中の900件のうち680件が型①と型②で、そこを人が受け続けると担当者の時間が空きません。時間帯で分ける形は、日中の件数が少ない窓口に向いています。
パターン③顧客の区分で分ける
3つ目は、代理店と直販、あるいは契約の種類で受け口を分ける形です。前提の違う顧客をまとめて扱わずに済みますが、区分ごとに設定を持つため運用は重くなります。
この会社では、特定の代理店とだけ合意している納品の条件があったため、その代理店からの問い合わせだけを担当者へ回す設定にしています。区分そのもので分けるのではなく、渡す条件の1つとして扱った形です。
これが、有人チャットとの併用の3つのパターンでした。どれを選ぶかは、日中の件数と、顧客ごとの前提の違いで決まります。
向いている問い合わせ・向いていない問い合わせ
前章では有人の経路との併せ方を3つ見ましたが、ここで、そもそも自社の問い合わせが向いているかを確かめておきます。件数が多くても、答えの決まり方によっては任せられません。そこでここでは、向いている問い合わせと向いていない問い合わせを整理します。
向いている①同じ質問が月に一定の回数を超える
1つ目は同じ内容の質問が繰り返し届く場合で、件数が多いほど、外れ方の傾向が短期間で見え、直す判断も早くなります。
この産業用洗浄機の会社では、フィルターの交換周期を尋ねる問い合わせが月に数十件ありました。件数がまとまっていたため30日で外れ方の傾向がつかめており、月に数件しか来ない質問では、同じ判断に数か月かかっていました。
向いている②答えの根拠が記録の中にある
2つ目は答えの根拠が資料か記録の中に存在する場合で、根拠がどこにも無い質問は、精度を上げようがありません。
先ほどの会社の型①と型②は、製品資料か顧客ごとの記録に根拠がありました。合わせて680件で全体の4分の3ほどにあたり、この割合が高いほど、任せられる範囲は広くなります。
向いていない①答えが交渉で決まる
一方で向いていないのは答えが相手とのやり取りで決まる問い合わせで、価格や納期の調整は、記録を読んでも答えが出ません。
この会社の型③にあたる150件がこれで、受付だけを任せて内容には触れさせない扱いにしています。件数が多いからといって任せる範囲を広げると、線引き①に触れることになります。
向いていない②顧客ごとに前提が違う
2つ目は、同じ質問でも顧客によって答えが変わり、その違いが記録に残っていない場合です。線引き③で挙げた、記録に無い前提が要る依頼がこれにあたります。
この産業用洗浄機の会社では、特定の代理店との合意がこれでした。前提を記録へ書き出せば任せられる範囲に入りますが、書き出すまでは渡す条件に入れておく判断になります。
任せられるかどうかは問い合わせの件数では決まらず、答えの根拠が記録の中にあるかどうかで決まります。
これが、向いている問い合わせと向いていない問い合わせでした。
効果を測る3つの指標
前章では向き不向きを問い合わせの性質から整理しましたが、実際に運用へ入ったら、効いているかどうかを数字で見ます。応対の質は感覚では比べられないため、最初に何を数えるかを決めておきます。そこでここでは、効果を測る3つの指標を解説します。
指標①人へ渡らずに終わった割合
1つ目は担当者へ渡らずに完結した問い合わせの割合で、任せられた範囲がどれだけ機能しているかを直接あらわします。ただし変化①で見たとおり、この数字だけを追うと渡すべき依頼の抱え込みに気づけません。
この産業用洗浄機の会社では30日目に34%、90日目に61%でしたが、上がった要因は回答の精度の向上ではありません。型②を足したことと、渡す条件の空振りを減らしたことにあります。
割合は必ず、次の指標と一緒に見ます。
指標②同じ顧客からの再問い合わせの件数
2つ目は、一度回答した顧客が短い間に再び連絡してきた件数です。1回目で解決していない依頼を数えることになるため、割合の裏づけになります。
先ほどの会社では、開始時が週18件、90日目が週7件でした。人へ渡らずに終わった割合が上がる一方で再問い合わせが減っているため、抱え込みではなく実際に解決していると読めます。
2つの数字が逆方向へ動いたときが、手を入れる合図になります。
指標③担当者が回答を直した件数
3つ目は下書きを受け取った担当者が手を入れた件数で、範囲②で型②を下書きまでにとどめているため、この数字がそのまま下書きの実用度をあらわします。
この会社では30日目に週22件、90日目に週6件で、多くは一文を削る修正であり、全文の書き直しは出ていません。当初の目的は「夜間と休日に届く問い合わせに、翌営業日を待たずに一次回答を返せる状態にすること」でしたが、この3つの数字がそろって動いたことで、目的に届いたと判断できました。
応対の質は人へ渡らずに終わった割合だけでは測れず、再問い合わせと手直しの件数を並べて、はじめて読めます。
費用の考え方3つ
前章では測る指標を3つ決めましたが、あわせて見ておきたいのが費用です。窓口の自動化は件数がそのまま費用に効いてくるため、内訳を分けないと総額が読めません。そこでここでは、費用の考え方を3つに分けて解説します。
内訳①件数に比例して増える分
1つ目は処理のたびに発生する分で、Agentforceの課金には、処理を実行するたびに消費されるFlex Creditsがあります。目安として、Flex Creditsは10万クレジットあたり500ドルで、標準的なアクションは1回あたり20クレジット、金額にして0.10ドルを消費します。(2026年9月時点の目安)※参考記事はこちら
この産業用洗浄機の会社は月900件の問い合わせを受けており、回数が読めているため消費の規模も先に計算できます。利用者ごとに発生する分との2つの形については、料金の考え方で解説しています。
内訳②記録の整備にかかる工数
2つ目は参照させる記録を整える時間で、金額としては見えにくい一方、実際にはここが最も読み違えやすい内訳になります。
先ほどの会社では、31〜60日の期間が記録の整備に充てられました。入荷予定の更新頻度を週1回から上げる運用を決めており、これは継続してかかる工数で、導入の費用として一度で終わるものではありません。
内訳③渡す条件を見直し続ける工数
3つ目は渡す条件を定期的に見直す時間で、顧客の言い回しは変わり続けるため、条件の判定は放っておくと外れていきます。
この会社では、61〜90日の期間に条件を見直し、その後も月に1回の見直しを続ける形にしており、要する時間は数時間ですが、止めると変化①の状態へ戻ります。
これが、費用の考え方3つでした。見えている金額より、続けてかかる工数のほうが総額に効いてきます。
社内で誰が持つかの3つの役割
前章では費用を3つに分けましたが、最後に決めるのが社内の体制です。役割を決めずに始めると、外れた回答が出たときに誰も動けません。そこでここでは、社内で誰が持つかの3つの役割を解説します。
役割①渡す条件を決める人
1つ目は人へ渡す条件を決める役割で、業務の内容と、顧客との関係の両方を知っている必要があるため、カスタマーサポートの側に置きます。
この産業用洗浄機の会社では、カスタマーサポートの責任者がこの役割を持ちました。4つの線引きを決めたのもこの人で、月に1回の見直しも同じ人が行っています。
条件を決める役割は、設定を触る役割とは別に置きます。
役割②回答の根拠になる記録を整える人
2つ目は参照させる資料と記録を整える役割で、製品資料の版を管理し、記録の更新頻度を保つ仕事にあたります。
先ほどの会社では、営業事務の担当者が製品資料の版を管理し、入荷予定の更新は受注の担当者が行う形にしました。1人にまとめず、もともとその情報を持っている人が続ける形にしています。
記録の整備は、新しい仕事を作るより既存の仕事へ足すほうが続きます。
役割③止める判断をする人
3つ目は想定と違う回答が続いたときに止める役割で、決めごと③で挙げたとおり、権限と連絡の経路を先に決めておきます。
この会社では、止める判断を責任者が持ち、設定の切り替えは情報システムの2名が行う形にしました。判断と操作を分けたことで、深夜でも30分以内に止められる状態になっています。
これが、社内で誰が持つかの3つの役割でした。3つとも、既存の担当者へ足す形で置けます。
導入に外部支援を使う4つの判断軸
前章までで自社で進める場合の判断はそろいましたが、渡す条件の設計から記録の整備まで、社内の担当者だけで進めるには時間がかかります。外部の支援を使う場合に何を見るべきかを、最後に整理します。そこでここでは、導入に外部支援を使う4つの判断軸を解説します。
判断軸①渡す条件の設計から一緒にやるか
1つ目は人へ渡す条件を決める工程から入るかどうかで、この工程が本記事の中心であり、ここが決まれば任せる範囲は自動的に決まります。設定の画面から入る支援では、社内で決めた条件をそのまま前提にすることになります。
この産業用洗浄機の会社の4つの線引きは、月900件の文面を読みながら決めました。中身を読む作業のため、業務を知っている人と一緒でないと進みません。
判断軸②記録の不足を洗い出すところまでやるか
2つ目は、参照させる記録の不足を洗い出す工程を含むかどうかです。この会社では入荷予定の更新頻度という運用の問題が、31〜60日の期間に見つかりました。記録の側を見ない支援では、回答の書き方を直す作業だけが続きます。
判断軸③止め方まで決めるか
3つ目は、想定と違う回答が出たときの止め方まで決めるかどうかです。定着まで伴走してほしい場合は、この部分を含む範囲かどうかを確かめます。
先ほどの会社は、止める判断を誰が持つか、止めたときに顧客へ何を返すかまで先に決めました。実際に止めた夜も、顧客から見える動きは受付の返信が来ることだけです。
判断軸④自社の担当が引き取れる形で残すか
4つ目は、支援が終わった後に自社で続けられる形が残るかどうかです。渡す条件と、その条件を決めた理由が自社の言葉で残っていれば、担当が代わっても見直しを続けられます。
支援先を比べる観点をより広く持ちたい場合は、導入支援会社の選び方で7つの見極め方をまとめました。なお当社では、ソリューション営業の業務プロセスに特化したAgentforce導入・定着支援を提供しており、任せる範囲と渡す条件の設計についても無料相談を受け付けています。
【一問一答】カスタマーサポートAIエージェントに関するよくある質問
ここまで人へ渡す条件と立ち上げの進め方を見てきましたので、最後に、実際の検討でよく出てくる疑問をまとめます。そこでここでは、カスタマーサポートAIエージェントに関するよくある質問を5つ取り上げます。
質問①誤った回答が顧客へ届く事故はどう防ぐのか
任せる範囲を型で分け、出す前の確認を機械で通す形にします。この産業用洗浄機の会社では、答えが1つに決まる380件だけを回答まで任せ、記録を見る300件は下書きにとどめて担当者が送信を押しています。断定の表現が入った回答は担当者へ回る形にしており、運用の初月は週22件が検出されました。
質問②どの問い合わせから始めるのがよいのか
答えが1つに決まる型からで、この会社は月900件のうち380件を占める型①から始め、30日目の時点で人へ渡らずに終わった割合が34%でした。件数が多いほど外れ方の傾向が早く見えるため、珍しい問い合わせから始めると判断に数か月かかります。
質問③既存のFAQやマニュアルはそのまま使えるのか
参照先としては使えますが版の管理が要り、この会社は回答の末尾に参照した資料の名称と版を入れる形にしました。版が古い場合は顧客からの指摘で気づけますが、出典を付けない形では、どの資料を見て答えたのかを後から追えません。
質問④有人対応の人数は減らせるのか
減らすより、時間の使い道が変わると考えるほうが実態に近くなります。この会社ではカスタマーサポート11名の人数を変えず、翌営業日の午前が夜間ぶんの対応で埋まっていた状態が空き、空いた時間は、判断が要る型③の対応へ回っています。
質問⑤止めたいときはすぐ止められるのか
止める判断を持つ人と、設定を切り替える人を先に決めておけば止められます。この会社は責任者が判断し、情報システムの2名が切り替える形にして、深夜でも30分以内に止められる状態にしており、止めた場合に顧客へ返す文面も先に用意しています。
カスタマーサポートのAIエージェントは、任せる範囲より先に人へ渡す条件で決まる
問い合わせ対応にAIエージェントを入れられるかどうかは、回答の精度で決まるわけではありません。決まるのは、どこで人へ渡すかという条件を先に言葉にできるかどうかのほうです。当初の目的は「夜間と休日に届く問い合わせに、翌営業日を待たずに一次回答を返せる状態にすること」でしたが、この産業用洗浄機の会社が90日で目的に届いたのは、任せる範囲を広げたときではなく、渡す条件を数字で見直したときでした。人へ渡らずに終わった割合は34%から61%へ、再問い合わせは週18件から週7件へ変わっています。
本記事で整理した4つの線引き、4つの型、3つの範囲、3つの確認は、いずれも製品を選ぶ前に紙の上で終わります。取り消せない依頼を渡し、記録に無い前提が要る依頼を渡し、不満が読み取れる依頼を渡したうえで、残った依頼を型で分け、型ごとに任せる範囲を変えます。顧客に誤った回答が届く事故を防げるかどうかは、この順番を運用に入った後も保てるかにかかっています。本記事の内容が、自社の窓口を見直す材料として少しでもお役に立てれば幸いです。

